Burkina Faso 1

11月も半ば深夜というのにワガドゥグの気温31度の乾いた空気と
暑苦しい雰囲気は、私の基準をクリアーしていた。

空港から街の中心まですぐのはずなのにタクシーで数分走れども
街灯も街の明かりも何もみえない。
こいつ遠回りしているんじゃないかと思いはじめたとき、
車はあるホテルの前に止まった。

何と2つ星ではないか。
料金を聞くと14000セーファー.フラン(約2800円)と馬鹿高い。
大体、市場やバスターミナル近辺の宿は多少うるさいが相場は安いものだ。
運ちゃんにその旨を伝え連れて行ってもらったホテルの前は、深夜のせいか
閑散としていたが、先ほどと比べると飲み物などを売っている
キオスクが気持ち開いて人も2、3人いたので、雰囲気的にはよかった。

これもまた二つ星で9500フラン(約1900円)と納得は行かなかったが、
とにかく乗り継ぎ先のブラッセルで、10時間も待たされ疲労がピークに
達していたこともあり、今夜は我慢することにした。

ベッドに入ると、(というよりも上に掛ける物がなくベッドの上に乗っかると
いう表現が的確かもしれない。)体は疲れているのに関わらず眠れない。
そのうちに蚊の飛ぶ音がジェットエンジンのように耳に響く。

「君ね高級ホテルに泊まっているんだからしっかり眠らなきゃ損だよ。」
と自分に言い聞かせるが増す増す目が冴えてくる。

追い討ちをかけるようにやっとウトウトしてきたなと思えば、
モスクから流れてくる朝一のアザーンで目が覚める。
スピーカーの音量からすると、どうやらモスクの近くに泊っているようだ。

しかしアザーンとは不思議なもので、その神秘的な響きは疲れた体を
リラックスさせてくれ、終る頃には私をつかの間の眠りの国へと導いてくれた。
よく眠ったのかと一瞬喜び時計に目をやるとまだ7時半だった。
頭は寝不足のためボーっとしていたがとにかく喉が渇いた。
朝の散歩と安宿探しにフロントでホテルの位置を確認して、
通りを歩きはじめた途端、いきなり度肝を抜かれてしまった。

私が昨夜なんて寂しい通りと思っていたところが、何と街の銀座通りにあたる
Avenue Yennengaだったのだ。

アベニューと立派な名前こそついているが、道を横切るのに苦労するわけでもなく、
対向車が通れるほどの幅で車の通行なんかほとんどなくもっぱら見かけるのは、
人と自転車のみである。通りの両側もこれといって商店が並んでおらず、
平屋やあっても3階建ての建てものを見かけるだけであった。
店という店もキヨスクが主である。

街をぶらついてみたが相変わらず人の姿と自転車は多いが、
一国の首都にも関わらずぱっとしないのどかな雰囲気である
この街がなんとなく気に入ってしまった。

ホテルではないが教会施設に安く泊れると聞いていたので、
そこを目指して歩いていると驚くことと遭遇した。
街のヘソ、市場から500メートルも行かないうちに舗装が途切れ、
赤土のでこぼこした道が始まっていたのである。

これまでに色々な街を見てきたが、ここまでのんびりとした首都は初めてである。
上機嫌で歩いていると木材卸商にいた青年が、
いきなり私に向かって「あなたの住所を教えて下さい!」
と叫ぶではないか。あまりにも単刀直入なため私は思わず足を止めてしまった。

彼の名前はナナ。なんか女の子のような可愛らしい名前であるが、
彼らの言語モレ語ではきっと勇ましい意味なんだろう。
住所をあげる代わりにと教会施設を探すのを手伝ってもらうことにした。
あいにくそこは満室であったが、その近くの安宿があり料金も
6500フラン(約1300円)であった。
ヨーロビアンの旅行者のみで観光の匂いがしていやだったが、
この街では最低の部類の相場であったので、そこに落ち着くことにした。

引越し、銀行とに付き合わせ逆にこちらの方が、そろそろ仕事に戻らないと
いけないのではと心配になって聞くと、ナナはりとこう答えた。
「僕はフルタイムの勤務ではないんだ。
あの職場に席を置いているが私に仕事が廻ってこない限り稼ぎはない。
だから日によって稼ぎも異なってくる。」
そう言うと彼は旧に真面目な顔になって続けた。

「それでもまだいい方さ。この国では仕事を得るのが難しい。
さっき通りで出会った兄貴とその友達だって仕事がないから、
ああやって一日中会話をして過ごすんだ。
でも、彼らも怠け者ではない。

以前はちゃんと職があった。しかし政府は仕事を与えようとはしない。
これがこの国の現状さ。」
彼はさらに熱弁をふるった。

「僕は23歳。実は結婚していて子どももいるんだ。
妻は子どもの世話で働けない。
僕が家族を養わなければならないのにこのざまだ。毎日安定した収入もない。
将来を、明日のことを考えたいのに今日食べることだけで精いっぱいだ。
僕は働くのが大好きだ。夢はヨーロッパや日本に出稼ぎに行って働き、
家族に送金をし、帰国したら家を建てることだ。
ところが政府もそんな国民の気持ちを知っていて、出国が非常に難しい。
だからあなたが招待状を書いてくれれは出国しやすくなるので助けて欲しい。
僕はまじめに働きたいんだ。」

彼の言い分は理解できるが困ったものである。
国を出れてもその後の現状を甘く見ている。
多くの移民労働者が、どんな生活をしているのか知っているのだろうか。
まあ時間もたっぷりとあることだから、ゆっくりと説明してやろうか。
それはともかく朝食を摂っていなかったので空腹を感じた。
時計を見ると12時前だった。
ちょうどお昼の時間だ。

これから初のブルキナ料理を食べれると思うとわくわくしてきた。
シリアでオクラのぶっかけご飯を食べてから病み付きになっていた私は、
真っ先に黒板に書かれていたRiz Sauce(ぶっかけご飯)に目が行った。
その中から肉、魚、鳥と選べるのだが、一番安い魚を選んでみた。

席に着いた食堂の奥は電気がなく暗かったので、果たして美味しいものが
食べれるのかと不安もあったがさすが彼のお勧め、
街で一番安く美味しいというだけのことはあった。

パサついたアツアツごはんに野菜の微塵切りの入ったトマトソースを
スプーンで一杯、二杯とかけてゆくたびにぷーんといい匂いが漂ってくるのです。
口に入れてもこれまた旨い。
小さな二切れの魚の切り身も味がよく染み込んでいて日本の懐かしい味で、
一気にブルキナ料理が好きになってしまった。



そうは言ってはみたが、美味しく味わうには多少のコツがいる。
ソースの量が少ないため、ご飯の残量をチェックしながらかけないと、
ソースのなくなったパスタだけのスパゲティーを食べているような
空しさにおそわれるからだ。

それに対してビールは少々間のぬけた味がしたが、料理の旨さに許せてしまう。
お代わりをしたかったが、いやいや、この楽しみを夜に
とっておくことにした。
だがそれは間違いだった。それ以降そこで食べる機会がなかったのだ。

美味しさに感激のあまり、料理を作ってくれた女の子と記念撮影までしちゃった。

食後の散歩にとこの街のハイライトであるグランマルシェ(中央市場)に向かった。
体育館のようなデンと居座った鉄筋の市場は、大きな建物の少ないワガでは、
とりわけ迫力を感じさせる。
ところが中に突入してみると、特に当たり障りの無い物が整然とした店が並んでいるのと、
ただコンクリートの冷たさが待っているだけだった。二階に上がってみると、
一大民芸品コーナーでツーリストのためのスペースといってもよかった。

お土産屋を冷やかし始めた途端、ドーッと俺の店を見て行けと一人、二人と付いてくる。
まるでモロッコの自称ガイドだ。マスクやタムタム、木琴といった民芸品は興味深かったが、
これではそれらをゆっくり見ている暇がないと思っていると、
そのうちの一人が主導権を取り彼の案内で、ゆっくりといろんな店を冷やかすことができた。

木琴で気に入ったのがあったが、始まったばかりの旅でこれからに持つを抱えながら
移動するのは面倒で、ベニンあたりで機会があれば買うことにした。

それにしてもこのお土産やのスペースが理解できない。
あらゆる店が並んでいる庶民たちの一階に対して、旅行者が多くないこの国に
どうしてこれだけ土産物屋の数が必要なんだと考えてしまった。

競争が激しいのか市場を出ようとしたときも土産物屋の人間が数名、
市場の出口までお見送りをしてくれる
有り様だったが、やっと解放されたといった感じだった。
彼らの生活がかかっているのかもしれないが、疲れるからもう行くのはやめようと。

さて、次はどこを訪れようかと考えていたら、ナナが家族の話を始めた。

ナナはアツアツの新婚さんでもあった。
奥さんと子供のことが話の中に登場する事が多かったし、何よりも家族の話になると
常に目からよだれ状態であった事を私は見逃さなかった。
更に学校を一番優秀な成績で卒業したという自慢の奥さんとまで聞かされると、
どうしても会いたくなってしまった。

タクシーにしばらく揺られ、街の郊外の静かな一角を奥に進んでいくと、
一戸建ての家が建設中であった。

彼はそれを指差しつぶやいた。
「ほら、この家の持ち主は外国へ出稼ぎに行ったからこのようなものを建てられるんだ。」
彼の話を聞きながら道を進んでいくと、区画整備された住宅街からマッチ箱のような
小さい家の並ぶ迷路のような世界へと迷い込んでいた。

それにともない、通りでこれで商売になるのかと思うくらいのわずかばかりの野菜を
並べて売っている女性、タイヤを棒で転がして遊んでいる子供たち、
鶏、山羊、そしてブタが徘徊している別の光景が広がっていた。

彼の家もそんな中にある土を固めて造ったマッチ箱の小さなものだったが
、スカイブルーに塗られた扉と壁がよくマッチしていた。

自慢の奥さんは思ったよりも若く、女性よりも少女といった方がふさわしかった。
名はマリア。それもそのはず、まだ二十歳になっていないとの事であったが、
赤ちゃんを抱く姿は早くも母親としての貫禄が感じられた。

四畳半一間の内部は、真ん中に吊るしてある白いカーテンによって
蚊帳付きのマットレスを置いた寝室と居間スペースとに区切られていた。
ビーチのデッキチェアーが二つ、小さな家具、台所用品と洗濯物置き場と、
居間は無駄なスペースがなかった。
しかしながら、家具の配置は狭さを感じさせなかった。
台所は外にあるが、雨のほとんど降らないこの国だから特に支障はなさそうだった。

写真を撮ってもらえる事がわかるとそこは女性、お洒落着にすかさず着替えたと思うと、
愛娘のクリスタルちゃんにもかわいい服を着せていた。その間、彼らの結婚式の写真を
見せてもらっていたが、黒い肌に純白のウエディングドレスがよく似合っていた。

家の中と外でプロのカメラマンになったつもりで何枚か写真を撮った後、
ナナもそろそろ職場に戻らなければならない時間らしく、再びダウンタウンへと向かった。



                   

                              

inserted by FC2 system