Ghana 6

アクラの宿で、三本目のビールを飲んでいた時、
ミュージックテープ売り屋が私のところにやって来た。
暇つぶしにどれがお勧めとか聞いている時に、宿の従業員の兄ちゃんが姿を現した。
お土産にと適当なのを選んでテープ屋が帰ると彼が私の横に座って会話を始めた。

「ガーナは初めてかい。」
「ああ」
「じゃあアクラも初めてなんだよね。」

当たり前じゃないかとは言え、単に先ほどと同じく「ああ」と短く答えた。
そして続けて彼は聞いてきた。

「日本からガーナには直接飛行機で来たのか。」
「いやブルキナファソから南下してきて、今日はエルミナからやって来た。」

それからしばらく淡々と彼の質問に私が答えるといった一問一答様式が続いた後
「どうしてガーナにやって来たんだい。」と聞いたので、
「ケープコーストの奴隷博物館とチョコレート探し。」と答える。

彼は後者に反応を示すであろうという私の予想は外れ、
関心のなさそうに別の話題を振ってきた。

「ところで、俺は夜勤明けで今日は暇だから、
どこか行きたい所があれば案内するけれどどうだ。アクラの街は活気があるよ。」

私はそうだな未だにチョコレートも発見していないし、
ビールを飲むにも相手がいた方がいいかななどとしばらく考え、
間をあけた後で彼に宜しく頼むと言うと嬉しそうに、どこに行きたいと聞いてきた。

「さっきも言ったけれど、ガーナのチョコレートを探したい。
それと市場を見て…」と言うと、
今度は彼が不思議そうな表情をして聞いてきた。

「でも、何でガーナのチョコなんだ。
前にヨーロッパのバックパッカーがくれたヨーロッパのチョコは、
すごく美味かったけれどな。」

私は彼にこう説明した。

「味がどうのというよりまあこういうことだ。
私が子供の頃ガーナチョコという製品があったんだ。
今でもあるかもしれないが。結構好きだった。
それは日本製だけれど、子供の私にはガーナの
チョコって美味しいんだなという印象があった。
世界地図のジグソーパズルを買ってもらったときは、
ちゃんとガーナの位置も確かめた。
私にとってガーナという国はエジプトやケニアよりも
一番最初に知ったアフリカなんだ…」

まあ大体こんな感じで説明すると彼は、まだ不思議の世界のぬかるみから
抜け切れない表情で「ふーん。」と短く言った後、「Shall we go now?」と続けた。

最初に目指したのは市場であった。
まだ互いの名前を知らない事に気づき自己紹介をした。
彼はジョンと名乗った。
「アフリカの名前もあるけれどヨーロピアンにはこちらの方が簡単だからね。」

アクラは広い。結構歩いてもなかなかたどり着かない。
ちょうど私がジョンにまだ遠いのかと聞いた頃、
前方の下の方に黒い塊が動いているのが見えると同時に、それを指差して言った。

「あの下に見える人山のところがそうさ。」

そうそれは人の頭が動きであった。
ちょうど野外の市場に下りてゆくところから見ると、
それは劇場の二階席から縦に長いステージで「人々の日常の位置風景」
といった劇を眺めている感じだ。

ブラックアフリカは初めてではないにしても、一気にあれだけ多くの黒人の姿を
見渡すのも、私に異国に来ているんだという情緒を与えた。
さあ、これから私も観客としてではなく、巨大なステージで繰り広げられている
舞台に参加するんだと、大げさに考えながらその二階席からステージへと降りていった。

ヨーロッパなど身近な国では市場と言うとどんなものが売られているかで終わるが、
ブルキナやガーナなどではそれプラス人々の服装までにも関心が行ってしまい、
更に見物に忙しいこととなる。
特にアフリカの女性の色鮮やかで大胆な着こなしには独特のものがあり、
それがまた異国情緒を盛り上げてくれる。

これまでブルキナやアクラに着くまで、特にクマシでじっくりと市場探索をしていた
こともあり主に人間ウオッチングをした。
こうして見ると女性は体格がたくましい事に気づく。
それは西洋のように肥満体質の人でなく、また中南米でよく見かけた
下半身だけが以上に発達したものでもない。鮮やかな色彩の服、肩を大きき出した
服からの錯覚も手伝って、全体に大柄でがっしりとした体格の女性が目に付いた。

バーゲンで争奪戦を行うと世界チャンピオンの常連になれそうなイメージはあっても、
プロレスラーみたいいうものでもない、独特の雰囲気を持っている。

やはりそれは独特の大柄なデザインで明るい色の服を上手く着こなした
ファッションセンスの良さが大きく逞しいという、一般的に否定的要因となる要素を吹き
飛ばしているように思えた。


かなり歩いた頃、ココナツ屋があったのでそこでココナツブレークにした。
ジュースを飲んだ後は果肉を食べるこの合理的な果物にはいつも感心させられた。

栄養補給の後、我々はあるショッピングセンターに足を踏み入れた。
それはショッピングセンターの墓場と言ったほうがふさわしく、
薄暗く店も半分ほど空きになっていて、客の姿もほとんどないままに残りの
店も細々と営業を続けている様子だった。

ジョンがそのうちの一軒の洋品店に入った。
いかにもヨーロッパからの輸入物でうちは高級ですよといった感じであったが、
買い手がいないのか、長年ハンガーにつるされてるだけで、
センスも色も時代遅れで、買う気も起こらないであろうということは、
容易に想像がついた。そして、ジョンがシャツを一枚とってこう言った。

「見ろよ、こんなシャツが50ドルもするんだよ。一体何を考えているんだ。」
と言って店を出た。
確かに彼の言うとおりであった。

私はむしろ誰が買うのだろうかと聞こうとしたが、どうせ金持ちが買うんだよと
一言答えて終わりで、どのようなセンスの人がまで答えが帰って来そうになかったので
黙っていたら彼の方から、

「金持ちはいったい何を考えてこんなものに手を出すんだ。
その辺の市場にもいいものがあるのに。
そんな無駄金があるんだったら、我々にも還元しろよな。」

それは彼の裕福層に対する僻みではなく、もっともな意見であると同感した。

そこを出て、次に薄暗い建物の入り口を入るとなんとそこは
デパートになっているとは度肝を抜かれた。

ジョン曰くその中に私の求めていたガーナチョコがあるという。
この国は暑いから外には売ってないんだと、単純明快でもっともな事を付け加えた。
そう言えばそうだと思うと同時に、私は何て馬鹿だったんだろうと恥ずかしくなった。
それにしても彼の回答はいつも短く的を得ていると感心した。

ガソリンスタンドにあるようなミニスーパーが現れた。
結構人の姿があった。
値段も比較的手軽なものもあり、自国品、南ア製、中国製、欧州製の商品が
所狭しと並べられていた。

そしてついにお目当てのチョコのコーナーを発見した。
ジョンは親切にもその中からミルカというヨーロッパのチョコを指して、
これは以前に旅行者からもらったことがあるけれどうまいぞと、
教えてくれたが、私は無感情で「あっ、そう。」と答えたというよりも、
意外と種類があるのに、見とれていて全神経がそのガーナチョコに集中していた。

「ある、ある、Made in Ghanaのチョコが。しかもこんなに種類が。」

その時の気持ちはアニメの「母を訪ねて三千里」の主人公のマルコが、
広大なアルゼンチンでようやく母親と巡り会えたような感覚だった。
大きめのチョコ、小さめのチョコとすべての種類をどっさりとカゴに入れてレジへと向かった。
Mission completed!

ガーナでの大仕事を達成したらまだ昼食を取っていないことに気づいた。
遅い昼食だったがちょうど空腹でもあったので、ジョンにご馳走するからどうだと聞くと、
彼は特に空腹ではないがお茶ぐらいならと、付き合ってもらうことにした。

ちょうどデパートの中に食堂があるのでそこに入った。
中は大衆的な雰囲気で値段も安く、地元の人たちで時間の割には
人が入っていた。私はパスタを食べたような気がするけれど、違うような気もする。
食後にラジカセを始めいろんなものを見たのだが、
チョコの興奮が未だ冷めていなかったせいか、
かなりあいまいな記憶となっているのだ。

デパートを出るとジョンは次はどこに行きたいと聞いてくるが、市場を訪れたし、
デパートまで見たし、目的のチョコも入手したし、ケープコーストでは
しっかり博物館見学もしてきたので,
「うーん」と考えていると、彼が提案してくれた。

「海岸沿いにバンガロー風のしゃれたカフェバーがあって、
ヨーロピアンのツーリストを連れて行くと喜ばれるんだ。
値段もそんなに高くないし。」

気分も良いことだし、世話になった彼にゆっくりビールでもご馳走しないとなとな。

またまた言うようだけれどアクラは広い。
街全体だけでなくマーケットエリアも広く、目指すバーに着いたときは、
足が疲れていてしばらく動く気にはなれなかった。

確かに彼のいうとおりしゃれた感じで、ヨーロピアンの姿も目立った。
何を彼と話したのかは覚えていない。
ただいえることは、日もかなり傾いてきれいな夕方であった。

その時はこのバンガロー風のカフェバーと夕日がジョンの言うアクティブなこの街を
短期間で私を離れさせることになるとは想像もしていなかった。

実際彼は別の日の夜に近くのビーチに行こう。そこではライブがあって夜通しで
アクラから人や観光客が行って盛り上がるんだと、とても行きたそうで
しきりに私に説明をしていた。
ちょっと観光ずれしていて、どうかなとも思ったけれど
、一度言ってみようかなと気持ちは傾いていたのだから。

日が沈む少し前にカフェバーを出た。帰りに海岸沿いのいかにも
下町の住宅地域というところを通っときある作業をしていた男性に目が止まった。

それはアイスウオーターといって、バスターミナルや田舎ならどこでも見かける
透明のビニール袋に入った冷たい水の製造所であった。製造所というと少し大げさで、
要は野外に金属製の大きなオケに水道水を注ぎ、そこに氷を入れて冷やした水に
日本の台所でよく活躍しているような透明なビニール袋に注ぎ、テープで口を塞ぐ作業。

単にこれだけの事なのだが実に手際がよく、私はしばらく感心して見ていたが、
職人気質の親父はただ黙々と作業をこなしていた。
値段もかなり安いが、よく売れるので大量に売ることで生計が成り立っているのだろう。

アイスウオーターァとまだ小学生の前半くらいなのにすでに人生を極め、
疲れ面倒くさそうに売っていた女の子を始め、みな特徴のある声の出し方だったので
私には印象の強いものだったし、私も結構売上に貢献したと思うので関心が高かった。

そして今気づいたのだがアイスウオーターを売っているのは年齢層がかなり低かった。

アイスウオーターは暑い国にはなくてはならないもので、
地元の人たちは袋の角を歯で喰いちぎり、羊飼いが皮の水筒でワインを
唇につけずに飲むような感覚で器用に飲む。

私も見習いたいが下痢の心配があるので一度に2袋買ってそれを水筒に詰めて
タブレットを入れるため、常に30分は置くからとびっきりの冷たさはないものの
それでも水は冷たく喉を売るわしてくれた。

さらに、2袋買うと私の水筒には全部入りきらず少し残るのでそれを頭や顔に
かけると気持ちよいのだ。これは地元の人を見習った。

それにしても黙々と作業を続けていた親父の職人肌は印象的だった。


            

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